 |
|
 |

 |
 |
 |
 |
 |

発起人の1人である福井文雄さん(NPO京都コミュニティ放送理事)
|
 |
発起人の1人である福井文雄さん(NPO京都コミュニティ放送理事)は、元々、医師団体で職員をしていたが、独立してメディア関係の会社を立ち上げていた。1980年代から「市民とメディア」というテーマに興味を持ち、市民がメディアを使って情報発信するムーブメントを進めていた。その延長線上に展開されたのが今回のNPOによる放送局の立ち上げである。市民が作るパブリックなラジオ局はNPOという組織こそが相応しいという理念がそこにある。
ただし、日本の民放は全てが株式会社の運営で、NPOに放送免許が交付された例はない。前例のないものに許可を下さないのが行政。しかし、先鞭をつけねば前例もできない。紆余曲折を経て、2002年3月、NPOとしての法人格を手に入れた。「NPO京都コミュニティ放送」の誕生である。しかし、これをもって放送を開始できるわけではない。実際の音声を電波に乗せるには、「放送免許」が必要となる。この免許の申請が困難を極めた。時に省庁改編という大きな流れの中、総務省近畿総合通信局へ何度も足を運び、熱心な交渉が続けられた。ここでも「前例が無い」という大きな壁が立ちはだかった。しかし、その熱意にほだされ、行政の態度が徐々に変わってくるのを福井さんは感じたという。
しかし、申請書類の作成には骨が折れた。何せ、書類の対象となるのは「株式会社」だけ。NPO法人が申請することが前提にすらなっていない。その作成をコンサルティング会社に依頼したくても、100〜200万の費用が発生する上に、その困難を引き受けてももらえない。書類作成の山に埋もれる日が続いた。

ラジオカフェ開局の日 1 (併設のカフェをスタジオとして開放)
|
 |

ラジオカフェ開局の日 2 (100人を超える人が集まった)
|
 |
そして、2002年11月、申請書類受理。年が明けて、2003年1月に予備免許交付。2月、試験放送開始。3月31日、とうとう念願の開局にこぎつけた。
スタート初日は公開生放送とし、併設のカフェをオープンスタジオとして開放。京都市在住のフォークシンガー・高石ともやさんも駆けつけ、代表曲『街』を熱唱。祇園の女将、大学教授、長唄の師匠など、多彩な人々が開局を祝った。“宴”は朝10:00から夜21:00まで続き、100人を超える人が集まった。
|
|