大晦日と元日は不思議な二日間です。陽が沈んで夜が来て、また陽が昇って朝が来るといういつもの朝と何にも変わらないはずなのに、10月31日から11月1日に日付が変わるのと何も変わらないはずなのに、なぜか元日の朝は新鮮な気分になり、心機一転、今年の目標なんかを立てたりします。日本人はこの二日間に特別な意味を見出しています。では、その「意味」とは何でしょうか? またその新鮮な気分はどこから来るのでしょうか?
明治維新までの日本では、太陰暦が採用されていました。現在「旧暦」と呼ばれている暦です。この暦では、一年の初めの元日は立春(今の2月8日頃)前後にありました。昔の日本の季節感では、春は立春(2月8日頃)から立夏(5月6日頃)までの期間。この期間はちょうど、京都や東京では早咲きの梅が咲き始めてから、遅咲きの山桜が散るまでの期間に当たる花の季節、農作物の種を播き芽が出る季節です。
旧暦の正月は、この春の始まりに位置しています。今でも新年の挨拶に【迎春】と言いますが、これは昔の正月が本当に春を迎える行事だったことに由来するのです。
草木の芽が出る春の季節は、まさに生命の再生と呼んで良い季節です。新しい一年の始まりを生命力の復活と再生で迎え、そして落ち葉の季節に農作物の収穫と収穫祭で、一年を終えます。この一年の神様を【歳神(トシガミ)】と言います。歳神さまは山から来る農耕神であるとされています。特に稲の神様とされることが多いようです。正月の行事は、新しい歳神さまをお迎えし、一年の幸いと農作物をはじめとする自然の生命の復活と再生を祝うお祭りなのです。また古い習俗では、大晦日の夜に先祖霊が訪れるお盆のような信仰もあったとか。鎌倉時代の随筆「徒然草」に「都ではすっかり行なわれなくなったが、まだ関東で行なわれている」と書かれています。
新しい歳神さまをお迎えすると、一年はあらたまります。元日に日本人が感じる新鮮な気持ちは、一年という暦の区切りが切り替わるためだけではなく、その歳の神様が訪れて、生命力や魂が復活する祝祭のもつ新鮮さにあるのです。年末年始の様々な行事や飾りつけは殆どすべて、身近な環境をあらためて心身ともに新鮮な心持ちで、新たな歳神さまをお迎えし、無病息災と幸いを祈る「神事」のために設計されたものと言っても過言ではありません。
明治維新以降、正月が冬至の直後となっても事情は変わらず、日本人はもはや習慣となった年末年始の行事を通して、心身の復活と再生の儀式を行なっているのであります。元旦の朝の新鮮な気分と初詣の清清しさは、事前準備の年末にあり、と言えるのかも知れません。