江戸時代のお寺は市役所のようなものでした。旅行に行くにも寺からの許可証が必要な時代でした。もちろん死んだら村の寺で葬儀を受け、死後の法事や年中行事などの費用も税金のようにのしかかっていました。これは「寺請制度」という幕府の命令でした。神社は殆どの場合、仏教寺の支配下にありました。
江戸時代は「おかげまいり」や「ぬけまいり」と呼ばれた伊勢神宮参詣の旅が、周期的に大流行した時代です。人々はある日誰にも何も告げず、お金も持たずに伊勢に向かいます。街道沿いでは伊勢参りの人には無償で食事や宿を与え、帰ってからも家族や職場のお咎めなし、という実に大らかなブームでした。現代では考えられない話です。1830年のおかげ参り大流行で伊勢神宮に参詣した人数は300万とも500万とも言われています。まだ日本の人口が3000万人の時代、正に民族大移動です。

徳川幕府への不満が爆発したとき、こうした宗教的熱狂は悲しい結果を招きます。明治維新に活躍した神官や学者が寺と神社を整理しようと神仏判然令という命令を出しましたが、これが今まで幕府の力を借りて生活を支配してきた寺への怒りを爆発させ、暴動化してしまいます。ついには寺の領地や仏像の転売目的に寺を襲う人も出てきました。
昔は神社だったものが時とともに寺が優勢となり、明治に再び大神社として復活した例や(大神神社)、仏像を売り払い、鳥居を建てて神社として再出発を試みた寺(八坂神社)、もともとは天皇の菩提を弔う寺だったものが熱心な信者によって神社に変更された例(吉野神宮)などもあります。

神社も寺も、その時代の信仰心によって姿を変えて今に至ります。初詣だって、自分の素朴な信仰心に忠実でいいんじゃないでしょうか。マナーさえ踏み外さなければ、ね。
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