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第7代、孝霊天皇の御代、富士山が噴火し国中が荒れ果てたので、第11代垂仁天皇は浅間大神を山足の地に祭り山霊を鎮めました。これが浅間大社の起源とされています。
ついで第12代景行天皇の御代、日本武尊が東夷御征伐の時駿河国において賊徒の野火に遭ったところ、富士浅間大神を祈念して其の災をのがれ、その賊を征服するや、山宮の地(大宮の北方約6キロ)において厚く大神を祭りました。
その後、第51代平城天皇の大同元年坂上田村麿勅を奉じて現在の大宮の地に壮大な社殿を営み、山宮より遷し鎮め奉りました。以来、1千百余年全国1千3百余に及ぶ浅間神社の総本社として全国的崇敬をあつめる東海の名社となりました。
明治4年5月14日には国幣中社に、同29年7月8日官幣大社に列せられました。第二次世界大戦終戦後、名称を富士山本宮浅間神社と変更し、さらに昭和57年3月11日、富士山本宮浅間大社と変更して現在に至ります。
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