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気多大社は能登半島の基部である羽咋市寺家町の鬱蒼たる森を背景とし、海に向かい南面して鎮座しています。古来、気多神社と呼ばれる他、気多大神宮、気多大明神とも尊称されています。
祭神は大国主神(大己貴命)で、出雲国から来臨して能登半島を平定開発し、やがて鎮際されたといわれています。孝元天皇、あるいは崇神天皇時代の勧請と伝え、神代の鎮座ともいわれています。
近世は、前田利家をはじめ歴代の藩主が崇敬し、社領三百五十石を寄進したほか、祈願、祈祷はもとより、しばしば社殿を造営しました。本殿、拝殿、神門、摂社白山神社(以上国指定重要文化財)、神庫、随身門(ともに県指定文化財)がそれ。加賀藩の保護した社叢(国指定天然記念物)には奥宮が鎮座し、「入らずの森」と呼ばれる聖域となっています。明治4年(1871)に国幣中社、大正4年(1915)には国幣大社となり、現在も北陸道屈指の大社として知られています。昭和58年には昭和天皇の行幸がありました。
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