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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 南部信直夫妻墓所 |
向かって左が26代太守信直公のお墓で、右は妻であり27代利直公の生母にあたる方のお墓です。地方色を帯びた、独特の宝篋印塔であるといわれています。 「前光禄太夫江山心公大居士」「廿六代太守信直公」「慶長四(1599)天己亥十月五日化」と刻まれています。信直公は、天正15年(1587)に従五位下に叙し、大膳大夫に任じ、後に従四位下に進み侍従に任じました。「光禄太夫」とあるのは「大膳大夫」の唐名を「光録卿」といい、そのように記されたものです。行年、54歳でした。 妻というのは、早世した24代晴政公の娘ではなく、後に迎えた泉山出雲古康の娘で、信直公と共に戦国争乱の世を乗り切り、人質として伏見に在京。寛永17年(1640)9月9日没しました。享年84歳でした。
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