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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
御廟塚(ごびょうづか)
八女丘陵の東端に位置する場所にある、弥生時代中期頃の塚で、周辺には弥生式土器等が散在していた。遺物は以前から心無い収集家などによって採集されたため、随分数が少なくなってしまっている。教育委員会にて採集した遺物には、中期の壷・甕(かめ)・器台等の土器のほか、黒耀石細片(極微量)、牡蠣殻(かきがら)などがある。
牡蠣殻は以前この付近が海岸端であったことから、この地に限らず町内推定海岸線と思しき所から多数確認されている。町内から採集される牡蠣殻は口を閉じた状態のまま採集され、地層中に確認される際には立った状態で確認されることが多く、貝は生きた状態にて留まっていたことを物語っている。この塚は貝塚として形成されたものが、弥生時代に塚として再利用されたものと思われる。

御廟塚は、形状としても弥生時代中期の形を良く残しているといわれている。正式な発掘調査を行っていないので、詳細は不明だが、『三潴郡誌』によると、江戸時代に久留米藩主の命により善兵衛さんが塚を開けたところ、石棺上より銅剣2口を発見したという。この銅剣のうち、1口は大善寺玉垂宮に寄進したものの、戦後の混乱のなか散逸してしまった。残りの1口は現在町の指定文化財として大切に保管されている。銅剣は「深樋式銅剣(しんぴしきどうけん)」と呼ばれるもの。銅剣が確認されているのが本当にこの塚からだとすれば、被葬者に権力者の存在が伺えるが、詳細については今後の調査が待たれる。

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