CityDO!
CityDO!は地域情報満載のオンライン・コミュニティです!!

歴史・文化 観光 特産・名産 遊び 再発見
>福岡県 >久留米・甘木エリア >見聞録 -再発見
●DO!Shoppin'
[ショッピング]


●DO!テレ&パル50
[Web電話帳]


●DO!Park
[アミューズメント]


●DO!Club
[会員登録はココ!]


●Fortune
[提供:東洋聖運]


●今日の天気
[提供:WeatherEye]


●DO!Present
[プレゼントをGET!]
日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか?
きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
河童
田主丸町には、古くから河童伝説が数多く残され、町のいたるところで河童に出会うことができます。

田主丸町の北を流れる九州一の大河・筑後川は、昔から筑後平野という豊沃地帯を造ってきました。しかし、その反面大変な暴れ川で、一夜にして川底の流れが変わることから、一夜川という異名を持っています。大洪水に苦しめられていた人々は、これを神業、神の祟と考え、そこで神に対する深い信仰が生まれ、水神信仰となったのです。
その後、世の中が次第に複雑化するにつれて、水神の信仰も分割化し、河童の信仰も生まれ育ったものと思われます。そこで田主丸町には、昔から荒五郎大明神をはじめとする様々な河童の信仰が生まれ、各所で祭るようになりました。上半身は裸で、フンドシをつけて、頭の上にはへこみ(頭の皿)がある九千防河童や、えんどう河童など大洪水を伏せる神として信仰を重ねてきました。

田主丸の河童の由来には二説あり、一つは、中国大陸出身の九千坊が家来を率いて、熊本県八代市の球磨川に移り住んだが、肥後藩主の加藤清正の討伐に遭い、筑後川に逃げ込んだとする説。もう一つは、壇ノ浦の合戦に敗れた平家一族が筑後川流域に逃れ、その怨念が化けたとする説で、平清盛の化身は巨瀬入道としてまつられています。

現在では、河童は町のイメージキャラクターになっています。

前のページにもどる
DO!Club | DO!テレ&パル50 | DO!Present | DO!Shoppin' | DO!Park | ココダス-web
CityDO!のコンテンツにはmacromedia(R) Flashを使ったページが含まれています。
また、閲覧するブラウザにはMicrosoft Internet Explorer 4.5以上を推奨しています。
>>利用規約 >>プライバシー copyright(c) 2000 Produced by SCINEX