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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 鶴ヶ城 |
戊辰の戦役で篭城1ヶ月。猛攻の前にもついぞ落ちなかった「鶴ヶ城」が、陸軍省の命令により取り壊されたのは、明治7年のこと。現在の天守閣は昭和40年に再建されたものである。
この鶴ヶ城は、今から約600年前に、当時、三浦半島の豪族であった、佐原氏を祖とする葦名氏によって作られた「館(やかた)」が始まりだとされる。その後、佐原氏は葦名氏と名を変え、独眼竜で知られる伊達政宗と対立。勝利した伊達政宗はわずかであったが会津を支配した。その後、現在まで伝わる会津の産業を興し、茶を伝え、町並みを作ったのが、織田信長の娘婿「蒲生氏郷」である。氏郷の後には上杉景勝、加藤嘉明といった名だたる大名が入城。そして1643年、江戸幕府三代将軍・家光の異母兄弟である、保科正之が会津藩主となる。そして幕末。
旧体制から新体制へ移り変わる中、会津は幕府への忠義とかたくなにまもりつづける什の侘との引きかえに、犠牲の多い路を選択していくことになる。
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