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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 白河小峰城 |
白河城主結城親朝が興国元年(1340)、この小峰ヶ岡に城を構えて小峰城と名づけたのが始まりです。天正18年、結城義親が、豊臣秀吉に領地を没収されてからは、会津の蒲生、上杉両氏がかわるがわるこれを領有しました。
寛永4年(1627)、丹羽長重が、徳川幕府の命によって棚倉から白河に移封され、十万石の城主となり、同6年、城郭を改築し規模を広め壁を高くし濠を深くして4年の歳月を費やして完成したのが現在の小峰城です。
江戸時代における攻防を兼ねた代表的な平山城であり、その規模と構造は関、奥を圧するに足るもので、正に奥州の重鎮をなしていました。
丹羽氏が二本松に移封された後は、松平(榊原)、本多、松平(奥平)、松平(結城)、松平(久松)、阿部の各氏がそれぞれ城主でした。慶応3年(1867)阿部氏が棚倉へ移封された後は、藩主が置かれず、幕命によって二本松の丹羽氏が城の守備を命じられました。
戊辰の役に会津、仙台、棚倉、二本松等の兵が当城によって薩長、大垣等の西軍を防ぎましたが、激戦数日にして同4年5月1日に遂に落城、城郭は兵火にかかって焼失しました。
現在は同心半円形の珍しい組みを示す石垣、明治天皇巡幸の記念碑が立つ本丸などの跡とともに、三重櫓、前御門が復元され、市民が憩う城山総合公園として整備されています。
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