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日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか?
きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
寿福院と月照海上人
寿福院と月照海上人
寿福院と月照海上人
二本松市渋川字日向に寿福院と称し、前面2間側面2間の宝形造りの小堂があり、内には金銅の大日如来像が安置されている。
このことについて元渋川村長・佐藤亮介は大日如来の尊信厚く、また造立の誓願者月照海上人を景仰して、後世に伝えるためその行状を明らかにした。すなわち昭和33年10月8日、上人の225回忌に当り、『大日如来尊像造立縁起』を作製したのである。
それによると、大日如来尊像は月照海上人の誓願により造営されたとのこと。古人の言伝えによると、月照海上人は九州で生まれ、幼くして仏門に入り、各地を巡錫(僧侶が諸方をめぐること)して、奥州の霊場である出羽湯殿山に至り、参籠して火断ち木食苦行を積み、仏道の奥義を極めたという。
その後、渋川村の日向寿福院に籠居し、なお苦行を続け、数多い奇法奇術を行なった。そのため衆人の知るところとなり、このうわさが相馬中村の城主に知られ、招かれて参城した。病者を療し衆人を救ったその効験によって中村公からその報謝として、大日如来尊像金胎一対の金銅仏を賜り、その上多くの寶財を与えられた。
後日、暇を得て寿福院に帰る途中に、川俣村中丁に一体金剛界像を安置し、他の一体を奉持し、荒神山寿福院に安置した。正徳5乙末年(1715)、徳川七代将軍家継の時である。後に大梵鐘を鋳造し奉納されたが、この梵鐘は円東寺に移された後、大東亜戦に供出して現存しない。

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