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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 満福寺 |
源頼義父子が安部氏征伐の時慈覚大師(円仁)開山の寺に入って休息した。寺といっても庵の如きもので、その名を聞くと「吉祥院」というので、頼義は「安部追討の首途に吉祥院とは誠によい名であり、よき処に宿ったもの」と喜び、守り本尊の地蔵(行基の作)を給わったので、それがこの寺の祕仏として伝わっている。
その時僧が釜をもって飯を炊き、新しい折敷(へぎ板を折り曲げて作った食器をのせる盆)に盛って食べてもらった。「飯出」の名はこの時つけられた。
飯を炊いて頼義・頼家にあげた釜は、凡下の者が用いては勿体ないというので近くの井戸の内へ沈めたのであった。その井戸を「釜の井」といって永く伝えられたが、現在は動力ポンプをとりつけて満福寺下の佐藤家で使用して居り、昔日の井戸のおもかげはないが、水はこんこんと湧き出ている。
『相生集』には「坂本という処の民家にあり、義家朝臣に参らする飲を炊きたる釜沈めし井なりと村鑑(丹羽家所蔵)に見ゆこれは米をとぐ水を汲みたる井にはあらざるか」と記してある。
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