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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 野地観世音菩薩 |
人皇四十五代聖武天皇の御宇、天平9年(737)3月、天皇が藤原麻呂に命じ、近江の国に国分寺を建造せしめた。
その時、唐からの帰化僧鑑眞をして、金銅の如意輪観世音菩薩の像を鋳造させ、これを国分寺の本尊とした。その後、聖武天皇は仏法に帰依し、剃髪の身となった。
たまたま延暦11年(792)には、蝦夷征討将軍大伴弟麿の軍が利あらず、敗れて京都に帰ったために、賊勢が益々はびこり、奥羽がその掌中となり、近江にまで進軍していった。その年の10月賊軍は愛知の観音寺に火を放ちこれを焼き拂い、勅鋳の如意輪観音菩薩を奪いとろうとした。そのとき、愛知の豪族、藤原清弘がこれに応戦し、苦斗万死を侵してこの尊像を奪還し、それが時の天皇恒武帝の識るところとなり、清弘の将来の武運福徳を祈るため「汝ニ賜フ」そして城内に安置せよと宣べられた。
清弘は城内に美麗な一堂を建て、尊像をこれに祀り、祈願所としたのである。
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