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日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか? きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
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| 原爆の子の像 |
像は折鶴を頭上にさし上げ平和を祈る少女を形どっている。 「これは僕らの叫びです、これは私たちの祈りです、世界に平和をきずくための」碑文にはそう記されている。
昭和29年、広島市内の小学校6年竹組にいた元気な女の子、佐々木禎子さん。彼女の家は爆心地から1.5キロほど離れた横川駅近くにあった。原爆投下から10年、彼女は病気もせず元気に暮らしていた。6年生の子供たちの大半は家族を失った子供達だった。両親のある禎子さんは幸せな方だった。
しかし不幸は突然やってくる。昭和30年2月、両頬にできた「しこり」がだんだん大きくなって広島赤十字病院に入院。病名は白血病であった。
回復の願いを込めて折り続けた千羽鶴。しかし奇跡は起こらなかった。昭和30年10月、永眠。原子爆弾の恐ろしい魔の手は10年の時を経てなお、彼女の体を蝕んでいた。
1ヶ月後の命日、集まった同級生達は「原爆の子の像」を作り平和を訴えようと話し合った。そして、折り鶴と少女は平和と核兵器廃絶のシンボルとなった。
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