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日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか? きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
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| メリケンシアターの碑 |
日本ではじめて映画上映機を輸入したのは、居留地14番(現:神戸市立博物館)、フランスのリネル商会。ハイカラ好みの神戸の鉄砲商・高橋信治氏の依頼で1896年(明治29)年、エジソン発明の「キネトスコープ」を日本ではじめて輸入しました。
これは別名「電子作用活動機械」と呼ばれ、今のようにスクリーンで多くの人を対象に上映される長編物語の映画とはほど遠いもので、「箱」を一人づつ覗き込むとループ状のフィルムが回転し、同じ場面が何度も何度も繰り返されるだけのシンプルなものでしたが、当時としてはものめずらしく大変な人気となりました。
この「キネトスコープ」が市民向けに初めて上映されたのは、1896(明治29)年11月25日から5日間、花隈の「神港倶楽部」(現:「川崎重工業健康保険組合保健会館」)で演目は『西洋人旅館ニテトランプ遊興ノ図』などのごく短いものが数本でした。
これが神戸が日本での映画上映発祥の地といわれるゆえんです。神戸メリケンパークに「メリケンシアター(映画記念碑)」が建立され、絶好のフォトスポットになっています。
なお、キネトスコープ以降10年あまりのうちに、映写機の発達によって一度にたくさんの人が見る事ができる映画館スタイルに変わってきます。神戸での映画館は、明治42〜43年ごろ新開地に多く作られ、映画のメッカとして大いに賑わいました。
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