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日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか? きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
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| 神戸事件発生の碑 |
「神戸事件」は横浜の「生麦事件」大阪の「堺事件」とともに、当時の政府をふるえ上がらせた三大事件の1つである。
神戸の人達は、神戸に上陸した外国人を「異人見物」と称して、外国人が宿泊している宿などに見物に行ったりするなど、外国人に対して大変興味深く、危害を加えないという事を肌で感じていた。
むしろ事件の元になっていたのは武士の方である。開港まもない1868年、明治新政府の命令を受けて、備前藩の武士が西宮警備に向かうために神戸を通っている途中に、外国人が備前藩士の前を横切ろうとしたのを、「無礼者!!」と言わんばかりに切りつけた。それがきっかけとなって備前藩士が外国人に向かって発砲したのが、事件の発端になった。
死者は出なかったものの、大事件に発展し、外国側は神戸居留地を軍事占領した。これに驚いた明治政府は謝罪するとともに、外国側の要求に応じて責任者の処罰を決定して、備前藩士・滝善三郎が、責任者として兵庫県の永福寺境内で外国人が見守る中、切腹させられた。
これが外国人が日本人の「ハラキリ」を見た最初だと言われている。大丸百貨店の北東の三宮神社にその神戸事件発祥の碑とその時に使用した同形の大砲があある。
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