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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 桐野利秋田盧碑 |
明治6年(1873年)の遣韓論に敗れた西郷に従って薩摩に帰った利秋は、山下孫兵衛を頼って宇都谷に来て、掘建小屋に住み、毎日毎日開墾にはげみ水田4反余(40アール)、陸田(畠)5反余(50アール)を開いた。その利秋の遺徳をしのんで建てられたのが「田盧碑」である。 利秋は、天保9年(1838年)、吉野実方に生まれ、幼名を中村半次郎、文久2年(1862年)藩主久光に従って上京し、西郷隆盛の意を受けて尊王討幕運動に奔走した。鳥羽伏見の戦い、会津攻撃にも参加し、陸軍少将となり、近衛親兵を指揮し、陸軍裁判長も兼ねた。明治10年の西南の役には、薩軍の総参謀長となり39歳の若さで城山の露と消えた。
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