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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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1911年(明治44年)、現在の川崎市高津区に生まれる。
18歳のとき両親とともに渡欧、翌年よりパリで生活をはじめる。
21歳の頃、ピカソの作品を見て衝撃を受け、抽象芸術を志す。
その後、パリ大学でマルセル・モースに師事し、民族学を学び始めるとともに数々の作品を発表。29歳でドイツ軍の侵攻により帰国。
1941年、第28回二科展に出品。銀座の三越で作品展開催。
翌年、召集を受けて中国へ出征。終戦を迎えて東京に戻るが作品のほとんどを焼失する。以後、上野にアトリエを構えて創作活動に没頭、1953年、42歳のときパリとニューヨークにて個展を開催。
1954年、第27回ヴェネチアヴィエンナーレに出品。その後国内の至るところに壁画、オブジェ等を創作する。
1967年の万国博覧会のテーマ館プロデューサーに就任、1970年の『太陽の塔』はあまりにも有名。
1993年、川崎市名誉市民となる
1996年(平成8年)1月7日、急性心不全により死去(享年84歳)。
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