 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
|
|
 |
 |
 |
| 娑婆神の石畳 |
昔、小野部田から豊福にかけては山すそまで海であり、娑婆神峠路が北へ通ずる幹線路だった。天正(1573)以前、人馬でさえ越えるのが難しい峠道で、鰐瀬(今の城南町)の僧、立善が発願し、里人と協力して石畳の道路をつくった。 この峠は、大切な道路であるとともに、その険しさから、戦乱の時代には要塞にもなった。相良18代の義陽が、この峠を越えて豊野に人り、響ケ原合戦で甲斐宗運により悲運の死を遂げたことは有名である。また西南の役でも戦場となった。 石畳は、県道下郷・北新田の改修により、現在地に移設され、わずかながら、昔の姿を留めている。 昭和56年11月10日に町の重要文化財として指定された。
|
|