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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 本居宣長奥墓 |
宣長が亡くなったのは、享和元年9月29日、現在の11月5日。落ち葉散り敷く季節であった。 亡骸(なきがら)は山室の妙楽寺山頂に葬られた。木立の向こうには、松阪の町、遠く三河や、富士の頂きまでも望めたという。墓石には「本居宣長之奥墓」(自筆)と刻まれる。 その背後には宣長が好きだった山桜が植えられている。墓は概ね『遺言書』に基づき設計されたが、明治時代この地に山室山神社が創建され、付近の景観は大きく変わった。
山室に 千とせの春の 宿しめて 風にしられぬ 花をこそ見め
亡くなる1年前に、門人たちとこの地に遊び、墓所を選定した時の歌である。墓の傍らには、没後の門人平田篤胤、門人で版木師植松有信の歌碑がある。
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