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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 元禄水路 |
江戸時代になり、仙台藩では品井沼を干拓して新田を開発しようと考えました。そのための調査が1674年(延宝2年)から始まり、14年間で3回行われました。また、干拓するのに必要な道具の準備などで5年かかりました。そして1693年(元禄6年)、いよいよ工事が始まったのです。
工事は、松島丘陵の下にくぐり穴をほって、沼の水を高城川に流すという方法で進められました。まず、いくつかのたて穴をほり、それらをつなぐように横の穴をほっていきました。工事の道具としては、つるはし、くわ、土をほるための鑿(のみ)、土を運びだすもっこなどが使われたと思われます。
1693年(元禄6年)に始まった工事は大変なものでしたが、苦労を重ね、5年の年月をかけて、完成しました。
工事は完成しましたが、長い間に土砂や木の枝や根などでくぐり穴がつまり、水が通りにくくなりました。そのために、水害がたびたびおこるようになりました。
仙台藩では、1731年(享保16年)より1861年(文久元年)頃までの約130年間に6回の改修工事を行いました。沼の周辺の村から多くの人々が集められ、掘りはらいや堤防の改修などの工事が行われました。使われた道具も数え切れない位の数量でした。
人々は、水害のない実り豊かな田畑を作るため、一生懸命働きましたが、事故のために犠牲になる人も少なくありませんでした。
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