わが街イイトコ!!

広陵町特集

[奈良県]

広陵町は、奈良盆地の中西部にあり、大都市である大阪市へ直線距離約30キロメートルに位置しています。交通の利便性が高いことから、真美ヶ丘ニュータウン開発以降人口が急増し、奈良県で最も人口の多い町になりました。

広陵町のいいトコ!!

広陵町で憩い・楽しむ

竹取公園

竹取公園は、広陵町西部にある子どもから大人までが楽しめる大型公園です。6.5ヘクタールの広々とした敷地内には、子どもたちがソリ遊びを楽しめる「ちびっこゲレンデ」やローラー滑り台など多くの遊戯施設があり、休日には子どもたちの歓声が響き渡ります。
町内で発掘調査した遺構をもとに、古墳時代の竪穴式住居と高床式倉庫を復元した「古代住居広場」、古代の人が食べた木の実が探せる「古代の森」などがある「学びの森」、『竹取物語』の由来が書かれたパネルがある竹林など、散策しながら町ゆかりの歴史がわかるエリアも充実しています。

横峯公園

真美ヶ丘ニュータウンの中にある横峯公園は、中央にあるグラウンドが雑木林に囲まれた緑多い公園です。グラウンドの周りに遊歩道、さらに雑木林の中を散策できるコースがあり、住宅街で一息つけるオアシスとなっています。

広陵パークゴルフコース

百済にある広陵パークゴルフコースは「ふれあい、健康、交流」をキーワードに、平成22年10月にオープンしました。パークゴルフは道具もルールもシンプルで、初心者、子どもから高齢者まで幅広い層が楽しめるスポーツ。美しい緑が広がる中、毎月、月例杯・元気会などが開催されています。

広陵町の名所・文化

巣山古墳

馬見丘陵の中央部に位置する北向きの前方後円墳。墳丘全長220メートルで、馬見古墳群中最大級の規模を誇ります。遺物は勾玉や腕輪、鏡、冠等の出土が伝えられており、整備のための発掘調査で出島状遺構を発見し、水鳥、家、蓋、盾、囲、柵等の形象埴輪が多数出土しました。また周濠からは『古事記』に記された遺骸を載せる「喪も 船ぶね」が出土し、その規模と出土品から4世紀末~5世紀初に築かれた当地域の首長墓とみられています。

百済寺三重塔

百済寺は、『日本書紀』舒明天皇十一年(639)七月の条に「詔して曰く、今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。」と記載され、聖徳太子が開いた熊凝精舎を前身とする日本初の官寺「百済大寺」の伝承地です。

戸閉祭

櫛玉比女命神社において、11月2日、11月3日に行われる戸閉祭は、この古社で江戸時代より受け継がれる伝統の祭礼です。祭の時期が晩秋で寒いため、各家が戸を閉めて行ったことからその名がついたといわれています。

広陵町の特産・名物

靴下
江戸時代より大和木綿の産地として隆盛

江戸時代には大和木綿の産地として知られた広陵町。その背景を生かし明治末期にアメリカより靴下用の手回し編み機を導入。大正時代には自動編み立て機も導入され、農家が行う副業として広く定着しました。始まりから100年が経過し、日本一の靴下生産地である奈良県の中核産地として発展し、広陵町は国内の靴下生産業界に揺るぎない地位を築いて
います。

プラスチック
設備投資により、独自の可能性の追求

広陵町でプラスチック製品づくりが始まったのは昭和30年代前半。日用品にプラスチック製品が急増した昭和40年以降の積極的な設備投資により、プラスチック産業は町にしっかりと根付きました。

なす
近畿の食卓を支える町の特産野菜

広陵町の豊かな水と肥よくな土壌を生かし、昭和35年から栽培が本格的に始められた「なす」。昭和43年には「夏秋なす」、昭和62年には「冬春なす」が国の野菜指定産地となり、町を代表する特産野菜として、主に近畿圏の大都市へ出荷されています。
年間を通して出荷できる体制が整い、県下の三大産地の一つとして知名度も高いため、現在はより一層の生産性向上や、「サラダなす」等新しい品種も加えたブランド化に取り組んでいます。

広陵町の業種別ガイド

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広陵町 わが街事典

『わが街事典』は行政と民間による協働事業によって発行される暮らしのガイドブックです。行政情報や地域情報が豊富な便利な冊子です。

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