わが街イイトコ!!

王寺町特集

[奈良県]

明治22年に町村制が実施され、当時の藤井村と合併、そして現在の礎となる「王寺村」が生まれました。
この王寺村の大きな発展を支えたのは、明治時代の湊町から亀の瀬の間をはじめとする様々な鉄道の開通です。農村としての色合いが濃かった王寺ですが、鉄道利用で豊かな物資が届くようになり、商業も盛んになってきました。
こうして村勢が飛躍的に進展し、大正15年2月11日に町制が施行され、「王寺町」が新しく誕生しました。
昭和32年には、香芝町の大字畠田を編入し、商都大阪の衛星都市として発展してまいりました。

王寺町のいいトコ!!

王寺町で憩い・楽しむ

和の鐘

平成元年に設置され、聖徳太子の十七条の憲法第一条「以和為貴」(和をもって貴しとなす)の精神を引き継ぎ地域のシンボルとして、また地域のアイデンティティを確立するために設置されました。

明神山自然の森

町南西部の明神山に登ろう。標高274メートル、展望台からは360度のパノラマ。晴れた日には淡路島や明石海峡大橋が見えることも。

菩提キャンプ場

菩提キャンプ場は、市街化区域内に設置された全国でも珍しいキャンプ場です。炊事場、ファイヤー場はもちろん、多目的広場、休憩所、八つ橋等があり、家族や友人とともに、自然の中でリフレッシュできる施設として利用していただいています。

王寺町の名所・文化

達磨寺

『日本書紀』によると、推古天皇21年(613)12月、聖徳太子が道のほとりに伏せっていた飢人を見つけ、飲み物と食べ物、それに衣服を与えて助けましたが、飢人は亡くなりました。そのことを大いに悲しんだ聖徳太子は、飢人の墓をつくり、厚く葬りましたが、数日後に墓を確認してみると、埋葬したはずの飢人の遺体が消えてなくなっていました。
この飢人が、のちに達磨大師の化身と考えられるようになり、達磨寺は生まれました。

火幡神社

今の王寺町には、たくさんの新しい住宅地ができています。しかし、町内の神社には、まだまだ古い習わしが残っています。 子どもが生まれると、神社の氏子になったしるしに、その年の秋祭りに絵馬を奉納します。
絵馬の絵柄は、男の子なら宇治川先陣、女の子なら尉と姥が多いようです。
絵馬はさまざまな願いを込めて奉納されるもの。この習わしは、今でもつづけられているので、町内の神社の拝殿や絵馬殿には、こうした絵馬が所せましと飾られています。

放光寺

『放光寺古今縁起』に第30代敏達天皇の皇女片岡姫による創建と記され、聖徳太子建立の四十六院の一つとも伝えられる飛鳥時代に創建された寺院です。古代には片岡王寺、片岡僧寺ともいわれ、現在の王寺小学校の校舎部分に四天王寺式の伽藍配置の堂塔が建てられていたと考えられています。永承元年(1046)の雷火、元亀年間の兵火でほとんどが焼失しましたが、延宝・元禄のころに黄檗宗によって再興され、法灯が受け継がれています。

王寺町の祭り・イベント

王寺ミルキーウェイ(天の川)

毎年11月に開催される「王寺ミルキーウェイ(天の川)」では、町内外から約2万人が訪れる一大イベント。メインイベントである奈良県初の天の川プロジェクトでは、王寺の特性である「水辺空間」を活かし、葛下川の水面を青白く輝くLEDの玉「いのり星R」で覆い、一夜限りの美しい天の川を演出。幻想的な空間が、来場者を魅了しています。

町民盆踊り大会

毎年お盆の時期に開催される盆踊り大会。生演奏での盆踊り、大仏連の阿波踊り、歌謡ショーと盛りだくさん。さらにグルメ屋台・子どもの遊びコーナーなど、誰もが楽しめるイベントです。

達磨寺の年越し

大晦日から元旦にかけて、達磨寺で行われる迎春イベント。イベントでは、23:00から雪丸グッズの販売が行われ、燈火会の灯りで境内が照らし出されます。恒例の除夜の鐘つきも行われ、元旦1:00頃まで多くの人々でにぎわいます。

王寺町の業種別ガイド

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王寺町 わが街事典

『わが街事典』は行政と民間による協働事業によって発行される暮らしのガイドブックです。行政情報や地域情報が豊富な便利な冊子です。

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