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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 栄雲寺 |
栄雲寺の裏山は城山といって、高城の出城がありました。山頂を平らにし、空堀を廻した簡単な造りです。高城々主・長尾藤影(ふじかけ)が暗殺されたあと、原城は、高城攻略におしよせた栃尾城の本庄勢に攻めたてられ、永禄11年(1569)全兵戦死し最期をむかえました。戦死兵は城下の栄雲寺で手厚く弔われ、その墓石が現在もあります。 栄雲寺の開基は永禄6年(1563)、長禅寺五世和尚によると伝えられ、また高城々主、長尾新四郎藤影の開基ともいわれ、城山との深い結びつきを示しています。寺の前に太平川、それを越えると鎮守社があります。このあたりは町屋敷とよばれ、にぎやかな集落を形成していたところで、昔は原の中心地でした。
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