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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
由布院キリシタン墓群
由布院キリシタン墓群
由布院キリシタン墓群
(県指定史跡 昭和35年3月22日指定)

天文20年(1551年)、イスパニア(スペイン)の宣教師フランシスコ・ザビエルが豊後の領主、大友宗麟から布教の許可をもらい、キリスト教を広める活動を始めてから29年後の天正8年(1580年)、当時の由布院地方一番の豪族であった奴留湯(ぬるゆ)氏が、多くの村人ともにキリシタンになった。その後、信者は一番多い時には1000名を越えたものと思われる。天正14年(1586年)のはじめには、信者の手による教会堂も建てられた。

〜時は流れ〜
並柳地区にある峯先墓地では、昔から墓穴を掘るとき奇妙な石が土中から出てくることが知られていた。それは同地区の伝統的な仏教墓石ではないことは一目瞭然だった。
奇妙な石がキリシタン墓碑であることを最初に指摘したのは、マレオ・マレガ神父(『続豊後切支丹史料』昭和21年発行)であった。
その後、これらのキリシタン墓碑は、町の北端から南端まで18地区にわたって分布していることが明らかになった。
墓碑の形は5つに大別されるが、一様に寝棺を形どったもので、十字章のある墓碑は92基にのぼる。
昭和35年3月には、十字章のある墓碑のうち49基が「キリシタン墓群」として県史跡に指定された。
キリシタン墓碑は、現在までに413基が発見されている。

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