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日頃、見慣れた風景でも、ちょっと見方をかえてみませんか?
きっと新しい何かが見つかるかも知れません。
名護親方・程順則
程順則像
程順則像
名護親方(ナグウェーカタ)・程順則(ていじゅんそく)。

近世の沖縄を代表する政治家。
1663年、那覇の久米村に生まれた。順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」という。66歳のとき、名護間切の総地頭(今の市長)となり、名護親方と称するが、その功績や人徳から尊敬を集め、名護聖人とも呼ばれた。
また、文学者、教育者としても名高く、漢詩集を出したり、1718年には琉球で初めての学校「明倫堂(めいりんどう)」を設立している。

20代の頃から5回、中国に渡って学問を深め、彼が中国から琉球に持ち帰った教訓書『六諭衍義(りくゆえんぎ)』には、人が人として守らなければならない6つの教え(六諭)が分りやすくまとめられている。
この本は、八代将軍吉宗に献上された後に和訳され、江戸時代の寺子屋の教科書として全国に広く普及し用いられた。
彼が亡くなったあと、名護間切番所(今でいう市役所)では、毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガン)」といって『六諭』の書を掲げ、遺徳を偲んでいる。この儀式は現代にも引き継がれている。

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