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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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織田信長の遺志を継ぎ、大阪を拠点に天下統一を成し遂げたのが豊臣秀吉でした。 石山本願寺跡に大阪城を築城し、その西方に城下町を築きました。それとともに東横堀川、西横堀川、阿波堀川などを掘り、海運・水運の拠点大阪を築き上げます。 また、各地から商人を移住させ産業の集中を図り、さらに、海外交易にも力を入れ東南アジアへも商人が雄飛しました。しかし、秀吉の城下町大阪は1614年、1615年の大阪冬の陣、夏の陣で焦土と化します。
大阪夏の陣による豊臣氏の滅亡で江戸幕府の支配下に置かれた大阪に、家康は松平忠明をもって町の再建を図ります。忠明は道頓堀川の造成など精力的に復興に尽力し、幕府の直轄となった後も家屋敷の建築や河川工事など次々と整備、開発を重ね、江戸と肩を並べるくらいの大都市へと成長しました。
焼け野から復興した経済都市大阪は人口も急増、商人の活躍で「天下の台所」と称される都市に成長。全国からの物資が集まり出荷されていく「流通拠点」となり、国際交易にも結び付いた国内最大の経済都市として栄え、なかでも米は堂島米市場の米相場が全国相場の基準とされました。
商いと共にそれを支える町人文化も開花してゆき、竹本義太夫率いる人形浄瑠璃が近松門左衛門とのコンビで大成功をおさめ、井原西鶴、上田秋成などの文芸文化も開花しました。
文芸、文学、教育、学術の花が咲く、江戸期に咲いたこれらの文化は、今も大阪の町に息づいています。
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