わが街イイトコ!!

大東市特集

[大阪府]

大東市のいいトコ!!

大東の歴史を訪ねて

大東市には名高い寺院や貴重な古墳群など、歴史的な見どころがたくさんあります。その中から特におススメのスポットをご紹介します!

平野屋新田会所跡

江戸時代中期、大和川の付け替え後に、干拓された新田のうち深野南新田、河内屋南新田の管理運営のために建てられました。かつての会所の屋敷地は東西約90メートル、南北約50メートルで、表長屋門や裏長屋門、主屋建物が建ち、蔵は米蔵、道具蔵など4棟あり、西側の銭屋川に面して船着き場が設けられていました。現在建物は残っていませんが、船着き場や米蔵・道具蔵跡などの遺構が残されています。

須波麻神社

本市では唯一、平安時代の「延喜式神名帳」に記載されている神社。祭神は出雲大社と同体の大国主命です。現在の社殿は明治36(1903)年に建立されました。

勝福寺

かつては羅漢堂に木造五百羅漢が並べられていた曹洞宗の寺院です。明治18(1885)年の大洪水で多くが流され、現在135体が本堂に安置されています。

御領の水郷

御領地区は水郷のまちとして知られており、ハスの花が咲く美しい水路や北河内特有の段蔵、門構えのある旧家群などの景観を楽しむことができます。

辻本家住宅

辻本家は江戸時代に御領村の庄屋をつとめた旧家です。天保5(1834)年に建てられた主屋には、上層農家だけに認められていた式台や床の間を備えた座敷など、江戸時代後期の庄屋屋敷の特徴がよく残されています。平成27(2015)年に大東市内の建造物としては初めて、国登録有形文化財に登録されました。※非公開

野崎観音

正式には福聚山慈眼寺といいます。戦国時代に全て焼失しましたが、近世初頭の元和年間(1615~24)年に曹洞宗の僧青嵓によって復興されました。落語などで有名な野崎まいりは、秘仏の十一面観音像の開帳から始まり、現在も多くの参拝客が訪れます。

専応寺

野崎観音から少し下った所にある専応寺には永正17(1520)年に本願寺から授与された「阿弥陀如来絵像」などが残されています。野崎まいりは、この寺の太子堂をお参りしてから野崎観音に向かうのが本来の野崎まいりの姿でした。

堂山古墳群

堂山古墳群は、大東市を代表する古墳群で、7基の古墳からなります。中でも1号墳は5世紀前半に築かれ、甲冑や土器、勾玉など多数の副葬品が出土しました。ここに眠る被葬者は、当時の中央政権に深い関わりをもった人物であると考えられています。この場所は史跡広場として整備され、石室を見ることもできます。

四條畷古戦場

四條畷の合戦とは、南朝の楠木正行と北朝の高師直との戦いです。高師直6万の軍勢に、楠木正行3千余の小勢が、東高野街道の北条周辺で激突しました。戦は8時間の激闘でしたが多勢に無勢で、正行自身も負傷し味方も多く討死したため、ついに弟正時と刺し違えて自刃。時に正行23歳でした。市内には「古戦田」「腹切」という地名が残っていました。

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