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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
伊万里の港の発展
稲荷社の楠
稲荷社の楠
文禄・慶長の役(1592〜98年)は、肥前(佐賀・長崎県)の窯業が発展するもとになりましたが、ほかにも大きな影響をあたえています。

名護屋(鎮西町)からは約15万人の兵が朝鮮半島へ出兵し、約20万人の兵が、その付近に待機することになりました。

物資や軍兵の輸送のため、東松浦半島を中心とする港は、軍船でいっぱいになりました。伊万里もその役割をになうことになりました。

鍋島直茂の軍1万2000人は、伊万里から出航しました。直茂の船は国吉丸という大軍船でした。

当時は、伊万里湾が奥に入り込んでいて、市街地の大部分が海でした。元町の稲荷社の楠に国吉丸のともづなを結んだという伝説が残っています。武雄の後藤家信や多久の多久家久の軍勢も伊万里から出航しました。軍勢を送りだすために、伊万里の港は浚渫(しゅんせつ)などの整備が進んだと思われます。

それは、中世には「伊万里浦」と呼ばれ、あまり大きな港ではなかった伊万里が、のちに「伊万里津」という大きな港町に発展していくきっかけになったのです。

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