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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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呼子の朝市
(写真提供:旧呼子町役場) |
荷い籠の触れ売りから始まった呼子の朝市は、商店街の軒先を借りた200mの通りに50〜70店の露天が並び開かれています。 地元で採れた新鮮な魚介類を始め、近隣の町からも季節の野菜や果物、花などを「安くしとくけん、どがんね」などとオバチャンの活気に満ちた声がこだまし、売り手買い手のやりとりの中で値が決まります。
呼子港は風光明媚な天然の良港で古くから大陸文化、交易の基地で、船の出入りも自由であったため、他藩の船や商人が多く集まり、64軒もの問屋が建ち並び、城下町唐津に劣らない繁栄を見せていました。 今から300年前、捕鯨業が始まり、呼子の小川島や加部島で解体された鯨肉が呼子港に陸揚げされ、他の鮮魚や近郊の村々からの農産物などといっしょに荷い籠で町内を流し歩く「触れ売り」の形で行商されていました。
大正時代に入り中町(旧呼子町役場周辺)に商店街が出来ると自然と流し売りは無くなり、商店の軒先に定着し現在の朝市の形態を整えました。 昭和10年頃、現在の朝市通り(松浦町)に商店街が形成され、さらに呼子〜唐津間にバス路線が開設されると、松浦町商店街はますます賑いをみせ、それにともない朝市も現在地に移転し共存共栄の形で定着しました。
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