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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 星巖寺の五百羅漢 |
黄檗宗に属する小城藩主の菩提寺。貞亨元年(1684年)、2代目藩主鍋島直能が鷺山に円通寺の末寺として建立した。開山を潮音道海和尚としている。「祥光山星巖寺」の名は鍋島家初代藩主・鍋島元茂公の法名”祥光院殿月堂善珊大居士”と2代目藩主・鍋島直能公の法名”弘徳院殿星巖元晃大居士”からつけられている。
江戸時代末期の敷地図を見ると、本堂、禅堂、知客寮があるが、今日に至っては存在しない。 現在、境内には報恩堂、開山堂、御霊所、楼門、五百羅漢があり、御霊所は歴代藩主の墓主であり壮大な墓石が並んでいる。 楼門は嘉永5年(1852年)第13代沢林和尚の代に竣工したもので、9代藩主鍋島直尭が大壇那になっている。 この楼門は中国風で竜宮門とも呼ばれており、佐賀県指定重要文化財となっている。
当時、佐賀藩は長崎警固を務めていたことから中国文化の影響を多大に受けたと思われる。町の指定重要文化財となっている石造の五百羅漢は、御霊所へ至る参道の両側に安置されている。この五百羅漢については製造年や製造者については明らかでないが、江戸時代中頃に三里西川居住の石工平川徳兵衛一族によって作られたのではないかといい伝えられており、現在200体ほどが残っている。 五百羅漢の復興と小城の歴史と石工技術を少しでも後世に伝えていきたいと、「羅漢まつり」が10月中旬に境内内で開催されている。その日は、星巌寺に伝わる「普茶料理」(精進料理)の食事会、お茶会、羅漢像の制作や指導が行なわれる。五百羅漢の復興のために「平成の羅漢」づくりをすすめており、観光協会では道具と石を無料で提供している。
また、小城中学校でも取り組んでおり、生徒の作品も多数奉納されている。
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