f

わが街いいトコ!!小山市の名所・文化

歴史と風土、開運のまち おやま

小山市には古くから人々が集い、暮らし、魅力的な歴史を育んできました。7ヶ所もの国指定史跡があるのは、小山市が指折りの歴史のあるまちであることを示すものと言えるでしょう。

日本の歴史を決定づけた二つの史実

史実その1:野木宮の合戦

第一は、鎌倉幕府の成立に道筋をつけた「野木宮の合戦」です。
平安時代中期の「平将門の乱」を鎮めた藤原秀郷から七代目の子孫に当る政光が、12世紀の中頃に「小山」を名乗り、関東の雄、小山氏の歴史が始まりました。小山氏は政光の妻・寒川尼が源頼朝の乳母であったよしみにより、いち早く頼朝方に参陣しました。関東の有力武士団小山氏の源氏方への参陣は、関東武士団の源氏方参陣への大きな流れをつくるものでした。
寿永2(1183)年、頼朝に立ちはだかった常陸国(茨城県)の志田義広(頼朝の叔父)を政光の子朝政が野木宮で迎え撃ち、これを敗走させました。この戦いにより、関東に残る反頼朝勢力は消滅しました。頼朝に関東の地盤を磐石にして勇躍西上し、平家打倒に向かわせる節目となった重要な一戦なのです。それはまさに、鎌倉幕府成立の栄光に道筋をつけた、「開運」の戦であったといえます。寒川尼は文治3(1187)年、頼朝から「大功」ありと賞され、女性ではめずらしい地頭に任命されています。この後、小山氏は鎌倉幕府の有力な御家人となり、北関東屈指の武士団として、四百年にわたって栄えることになります。国史跡小山氏城跡三城・天翁院・須賀神社など、小山氏ゆかりの史跡が数多く残されています。

<寒川尼墓>

所在地 小山市網戸2025(網戸神社)
電話番号 0285-22-9273
関連サイト 開運のまち おやま 小山市ホームページ


寒川尼墓

史実その2:小山評定

もうひとつが関ヶ原の戦で東軍の結束をもたらした小山評定です。
徳川家康は、慶長5(1600)年7月24日、上杉景勝を討伐するために会津(福島県)に向かっていた途上、下野国小山に本陣を置きました。その時、石田三成挙兵の報が入り、翌25日、急遽家康は本陣に諸将を招集して軍議を開き、「このまま上杉を討つべきか、反転西上して石田を討つべきか」を質したのです。これが世に言う「小山評定」です。家康に従う諸将のほとんどは豊臣家譜代の武将で、大坂に妻子を残してきており、その去就が家康にとっては興亡の境目だったのです。このとき、尾張国(愛知県)清州城主の福島正則が家康のために命を投げ出すことを誓います。続いて遠江国(静岡県)掛川城主の山内一豊が、「家康に城を明け渡してまでもお味方します」と進言しました。一豊らの建議が諸将の気持ちを動かし、この軍議は家康支持でかたまったのです。家康は特にこのときの一豊の建議を、「古来より最大の功名なり」と激賞しました。こうして家康率いる東軍は、石田三成討伐のため西上することに決したのです。そして9月15日、美濃国(岐阜県)関ヶ原に東西両軍約20万の大軍が相まみえて天下分け目の一大決戦が行われ、東軍が勝利したのでした。関ヶ原の戦の直接の勝因は西軍小早川秀秋らの土壇場での寝返りでしたが、西軍が当初から足並みが揃わなかったのに対し、東軍は結束しておりました。東軍にこの結束をもたらしたのが「小山評定」でした。
「小山評定」がなかったならば、東軍は結束することができたでしょうか。家康の関ヶ原の勝利と江戸開幕。その栄光の道筋は、小山から始まったといっても過言ではないでしょう。「天下分け目の関ヶ原の戦」と良く言われておりますが、実は「天下分け目の小山評定」だったのです。

<小山評定跡>

所在地 小山市中央町
電話番号 0285-22-9273
関連サイト 開運のまち おやま 小山市ホームページ


小山市役所内にある
小山評定の史跡

小山の国指定史跡

摩利支天塚古墳

墳丘に摩利支天尊が祀られている前方後円墳です。全長は約117メートルで後円部の高さは約10メートルほど。5世紀末〜6世紀初頭の築造と推定され、古墳の被葬者は大和政権による支配体制の中で、下毛野国をはじめて統括した首長だったと考えられています。

所在地 小山市飯塚
電話番号 0285-22-9662

琵琶塚古墳

県内最大級の前方後円墳で、全長約123メートル、後円部の高さは約11メートルにもなります。摩利支天塚古墳に続いて6世紀前半に築造されたと考えられています。

所在地 小山市飯塚
電話番号 0285-22-9662

乙女不動原瓦窯跡

奈良時代の瓦窯跡です。瓦の供給先は下野薬師寺であったことが知られていましたが、近年、創建期の下野国分寺にも供給されていたことが判明しています。現在「乙女かわらの里公園」として整備されています。

所在地 小山市乙女1-27-16
電話番号 0285-45-5331
関連サイト 国指定史跡「乙女不動原瓦窯跡」 小山市ホームページ

小山氏城跡 鷲城跡

南北朝期東国最大の乱「小山義政の乱」(1380〜1382年)の舞台となった小山氏の城跡です。小山市中心市街地の南西、思川左岸の台地上に位置しています。鷲城は武蔵国(埼玉県)鷲宮から鷲神社を勧請したため、この名となったといわれます。

所在地 小山市神鳥谷
電話番号 0285-22-9662

祇園城跡

小山義政の乱により、小山氏の嫡流は滅びましたが、その後、同族で下野守護の結城基光氏の次男泰朝によって小山氏は再興されました。その城が祇園城です。祇園社(現在の須賀神社)を城守りとしたため、この名があると伝えられています。

所在地 小山市城山町
電話番号 0285-22-9662

中久喜城跡

築城年代は不明ですが、小山義政の乱の時にみえる「岩壺城」ではないかといわれています。祇園城と結城城とのほぼ中間地点に位置することから、小山氏と結城氏を結ぶ城としての役割を果たしたものと考えられます。

所在地 小山市中久喜
電話番号 0285-22-9662

寺野東遺跡

田川西岸の台地に広がる旧石器時代から平安時代までの複合遺跡です。縄文後期に環状盛土遺構(盛土をドーナツ状の堤に造った遺構)や水場遺構が発見されています。

所在地 小山市梁2075-4
電話番号 0285-49-1151
アクセス JR「小山駅」から車で約30分、JR「結城駅」から車で約10分
関連サイト おやま縄文まつりの広場(寺野東遺跡) 小山市ホームページ

小山市
イベントカレンダー

1月成人の日
小山の初市
1月第四土曜日
花桶かつぎ
1月11日(旧暦)
白鳥八幡宮古式祭礼
3月第二日曜日
篠塚初午祭
3月中旬
渡良瀬遊水地ヨシ焼き
3月中旬~4月中旬
おやま千本桜まつり
4月第二土・日曜日
田間血方神社太々神楽
4月上旬~5月上旬
鯉のぼり群遊
5月こどもの日
間々田のジャガマイタ
5月上旬
おやまブランドまつり
5月下旬(日曜日)
ステージ城東フェスティバル
7月第一日曜日
思川の流しびな
7月第三日曜日
フェスタin鬼怒川
7月第三日曜日
小山祇園祭
7月最終土・日曜日
おやまサマーフェスティバル
8月第一土曜日
おやま思川アユ祭り
8月下旬(土曜日)
寺野東遺跡縄文まつり
9月下旬
おやま和牛&小山の豚「おとん」フェスティバル
10月第三日曜日
おやま開運まつり ※平成27年は8月29日(土)開催
10月第三日曜日
おやま西口まつり
10月第三日曜日
ハンドベルフェスタinOYAMA
10月下旬~11月中旬
小山市菊花大会
10月下旬~12月上旬
市民文化祭(文化振興大会)
11月第二土・日曜日
おやまバルーンフェスタ
11月第二日曜日
健康都市おやまフェスティバル
11月第二日曜日
おやまエコリサイクルフェア
11月中旬
南飯田神田囃子
11月下旬
アワガラ神輿の習俗
11月下旬
開運小山うどんまつり
12月上旬~1月下旬
さくら道(小山駅中央自由通路)イルミネーション

小山市 わが街事典

『わが街事典』は行政と民間による協働事業によって発行される暮らしのガイドブックです。行政情報や地域情報が豊富な便利な冊子です。

PC版を見る

協賛事業者一覧

わが街事典アプリ版ダウンロード|無料

  • iPhone版
  • iPad版
  • Android版