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長い長い年月を経て育まれてきた、各地独特の歴史や風土など、あなたの知らなかった事がきっと分かるはず。
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| 龍福寺 |
重要文化財。
門をくぐり境内までの参道が約50メートルあります。夏ならば木陰を通り涼しげな空気を肌で感じ、境内に着くまでに手を清めたり、心を落ち着かせながら歩いていけます。
建永元年(1206年)大内満盛が創建した臨済宗の寺で、もともと白石の地にあって、宝珠山瑞雲寺と称していました。延元元年(1336年)、大内弘直が再建して弘直の菩提寺となりましたが、享徳3年(1454年)、大内教弘が雪心和尚を迎え中興開山として曹洞宗に、寺号も瑞雲山龍福寺と改めました。
その後、大内義隆は後奈良天皇に奏請して勅願寺として官府を請うて重建しましたが、天文20年(1551年)の乱に兵火にかかり焼失してしまいました。その後弘治3年(1557年)4月毛利隆元は義隆の菩提寺として、龍福寺を大内館跡に再興しました。ところが、明治14年に火災にあい禅堂と山門を残して全焼しました。そこでその再建に際し、当時吉敷郡大内村にあった興隆寺の釈迦堂を移建したのが今の本堂です。
釈迦堂の建立年代は、室町時代後期です。桁行5間、梁間5間で、屋根は入母屋造り、桟瓦葺です。屋根は興隆寺にあった時はこけら葺きでした。建築手法は和様で、室町時代の代表的な寺院建築として、昭和29年に国の重要文化財に指定されています。
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