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米のルーツは、日本の文化ルーツを考える上で重要な歴史の謎の一つです。
米の原産地はインドのアッサム地方から中国雲南省にかけてと言われています。中国南部の原産地から日本へのコースについては三つの説があります。
1)南西諸島ルート…台湾・沖縄を経由して南九州へ。風習や神話などが論拠。
2)朝鮮半島ルート…朝鮮半島を経由して北九州へ。農具などの遺跡が論拠。
3)南海洋上ルート…海上を偏西風に乗って直接渡来。言葉などが論拠。
遺物が物語る2の朝鮮半島ルート説が歴史学界の主流であったようですが、民俗学的には1の説も3の説も捨て難く、コレと言ったキメテに欠けたまま数十年間も議論が紛糾していました。この混乱を収束させつつあるのが、遺伝子・イネゲノムの研究です。
前章で紹介した6000年前の米が、なんと中国にある世界最古の稲作遺跡の米と品種が同じであることから3の説がにわかに注目されています。また、1のルートで伝わってきた熱帯ジャポニカと呼ばれる陸稲種と2のルートで伝わってきた温帯ジャポニカのハイブリッドが、現在の日本の早生ジャポニカと呼ばれる品種との推測も注目を集めています。
というわけで結論は「3つとも正しい」。どうもこれが正解のような気がします。とんち噺みたいですが、もしも3つとも正しければどれも間違いにはならないので、1つ「だけ」が正しいとは証明できません。だから議論が錯綜するのではないかと思うのです。
戦乱を避けて大陸から来た難民が気候の良い日本列島に定住したケースもあったと思われます。畑作から水田へ。おそらく我々の先祖は「もっと簡単に育つ、もっと美味しいお米」を求めて、時代によって様々なルートや人々と積極的に交流して学習したのだろうとも推測できます。
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