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米は言うまでもなく保存食です。適切に保存していれば味は落ちても数年は腐りません。お金のなかった昔、商取引は物々交換で行われていましたが、炊けばすぐ食べられる便利な米取引の中心になります。当然、税も富も米の量が基準となっていきます。
7世紀の日本では私有財産を廃止する画期的な制度が運用されていました。律令と戸籍に基づく公地公民の制です。国民は全て戸籍に登録され、6歳になると良民男子で2反、良民女子で480歩、私奴婢女子で160歩の田が国から支給されました。口分田といいます。これは順調に行けば良民男子で2000合、良民女子で約1300合、私奴婢女子で約450合の米が取れる土地の広さです。
食事の量を1日3合と見積もった場合、良民である限り1年以上食いっぱぐれのない量の米が取れる計算です。
税金はもちろん米で納めます。1反につき2束2把の稲の現物納、これを祖と言いますが、机上の計算では収穫量の約3%〜5%という低率なものでした。さらに地方の特産物や農閑期の公共工事など細々と税が決まっておりますが、今から考えてもそれほど無理のない税のようです。机上の計算では。
ところが、この税が払いきれずに逃亡する農民が相次いだというから穏やかではありません。原因は「土地の広さ」を基準に一律に税を設定したところにあります。天候不順で不作の時には、収入が減るのに税金は一定のままです。サラリーマンのように前年の年収から税率を設定してくれないのです。だから土壌の悪い悲惨な水田を支給された農民は、一生うだつの上がらない生涯を送らねばならんのです。コレでは確かに逃げるでしょう。
しかも、病害虫や天変地異で田が壊滅した場合は、食べるものもないのに税は据え置きです。特別減税だって焼け石に水です。食料の危機管理の難しさと平時の計画生産の「机上の計算」の難しさは古来より変わってないようです。
しかし、こういう時のために政府はあります。奈良時代の政府は備蓄米を準備する制度を設け、さらに、来年植える米まで全部食べてしまった人のために融資を始めました。もちろん、貸付金は米です。(つづく)
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