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 中国という国は不思議な国で、約4000年前の黄河文明より世界の先進地域でありながら、10世紀の宋の頃に文明の最盛期を迎えた後、混乱と停滞の時代に入ります。最盛期の宋では、ヨーロッパ文明に先んじること400年、火薬に印刷、羅針盤に法思想と、最先端の技術文明を築いています。ある中国史家によると、中国はいち早く宋代に近代を迎えてしまい、その早すぎた文明のため異民族に滅ぼされてしまったとか。

 中世日本の貿易相手がこの最盛期の宋でした。日本は農業技術を積極的に輸入します。牛や馬にトラクターの代用をさせる牛馬耕、鰯を乾かして肥料化する干鰯、品種改革の方法、複雑な鋳造技術の鉄製農具etc...。先進文明の影響を受けて農業技術は飛躍的に向上します。

 税金のほとんどがお米で支払われていました。極論を言えば、庶民の課税対象となる労働は、春に苗床を作って秋に稲穂を刈り取り、脱穀するまでの約7ヶ月のことだということ。冬から春にかけての5ヶ月間は、働けば働くだけ儲かる素敵な季節でもありました。稲刈りの済んだ田を耕して、冬に発芽して春に刈り取る冬小麦を栽培すれば、単純に払う税金はそのままで収入は倍になります。一年で収穫量が二倍という二毛作が普及しました。

 鎌倉時代、宋から製粉の技術が伝わり、うどんや素麺の原型が作られます。米は権力者の作物、小麦は庶民の食べ物。日本人の主食は米と麦が半々になりました。脱穀した籾殻を枕に詰めて刈り取った稲穂で編んだ布団に眠る。荒地を歩く馬のために蹄の代わりに草鞋を履かせ、畳敷きの部屋で中国茶を飲みながら琵琶法師の語る昔話に耳を傾ける。貧しいながらも文化的で勤勉な日本文化の原型が、この時代に誕生します。

 食べ物の量が倍になると人口も倍になります。人々はさらなる富を求め、新しい土地を求めます。荒れ地を開拓するに当たって眼をつけたのが、陸稲。ほとんど野生の雑草に近い生命力をもつ畑で実る米が新しい農地を適農地へと馴らして行き、山ばかりの国土に大勢の人が住む豊かな日本が生まれました。
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