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江戸も中頃になると、金の産出がピタリと止まってしまいました。掘り尽してしまったのです。金が少ないと江戸の商人は銀をたくさんは買えません。だから米も大量に買えません。買い手がつかないと米の価値は下落します。すると全体の取引量が減るので他のモノの値段は上がります。あくまで米の値段だけ下落するのです。
困ったことに大名や幕府の財産は米です。米の値段が下がれば、大名や幕府の収入も下がります。米の相場次第では、天下国家の政治経済がガタガタに崩れる心配が出てきたのです。この状況に最も心を痛めた将軍が、8代将軍徳川吉宗です。
最初は米の値段が下げ止まるよう、幕府による規制を思いつきました。名裁判官として有名な大岡越前守が、米の値段が下がらないように江戸商人に有利な米市場を作りました。しかし規制の強さが元禄マネーゲームに慣れた大坂商人の支持を得られず、一年足らずで公営市場は倒産します。
名将軍と名奉行は考えました。大坂商人の支持を得ることができ、かつ米相場を安定させる方法はないものか。そこで、米市場を幕府直営にして他での取引を規制し、米の取引を幕府の管理下におく代わり、大坂商人の要望であった投機的な手形商売を先物取引として認めよう。こうして出来たのが現在大阪市北区にあたる、堂島の米市場です。
1848年、世界最大の先物取引市場がアメリカはシカゴで誕生しますが、シカゴの市場は堂島の米市場のシステムを倣って作られたといいます。堂島こそ国際的に認められた世界最初の先物取引システムなのです。
さて、堂島の米市場が将軍の悩みを解消したかといえば、さにあらず。米の値段が下がりそうになれば幕府が米を買いつけて値段を支え、米の値段が上がれば小判をたくさん発行して価格を安定させます。全国数百万騎の武士の頂点、天下の征夷大将軍が在任中最も心を砕いた政策、なんと今の財務省や日銀総裁が行う市場介入とほとんど変わらないのです。可笑しいとは思いませんか?
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