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晩秋の少し前、絶好の行楽日和に奈良県は山辺の道(やまのべのみち)に行って来た。大和は国のまほろば たたなずむ青垣、日本武尊の詠んだ歌とともに語られる「日本の故郷」としての大和は、日本最古の歌集「万葉集」とともに語られ、注目される観光地も「飛鳥地方」となってしまっている。しかし、古代皇室の宝器を祀る石上神宮から、伝崇神天皇陵や伝景行天皇陵の巨大前方後円墳を経て、日本最古の神社・大神神社へと抜けるこの「山辺の道」こそ日本の故郷に相応しいと、私は信じて疑わない。山辺の道沿いには3〜4世紀の遺跡が集中的に見つかっており、科学的にも飛鳥地方を遡ること300年もの古さを誇る。山辺の道を少し外れたところには、神武天皇聖跡伝承地まであり、古事記・日本書紀に描かれた伝承が息づくこの一帯と、そこから眺める奈良盆地の風景こそ、日本の故郷に相応しい。
余所者には非常に不親切な標識を頼りにせず、観光地図の指し示すままに山辺の道に入る。山辺の道は古くからの通称であって、正式名は東海自然遊歩道と言うらしい。なんとも味気ない名称である。しかし、この山辺の道が東海自然遊歩道と呼ばれていることを知らなくては、途中に出てくる看板・標識の類に戸惑うことになる。奈良県の観光行政の不親切さは、京都や鎌倉を愛好するには信じられないほどお粗末だ。しかし、これには古事記・日本書紀が学界では伝承の類であるとされている弊害などこの地特有の事情がある。
山辺の道は、奈良盆地の東側の山の麓にある。麓とはいえ、小高い丘の上にあるような感じで、道々で西の方に目を向ければ、眼下に奈良盆地が広がる。夕景の絶景なのはもちろん、夜景もなかなかのものではあるが、私のオススメは昼間に家族連れでピクニックに興じることである。天理市から5kmの道のりを南に下り、汗ばんで疲れた頃に三輪そうめんを食べて、涼を取ったり暖を取ったりするのが一番心地よい。
この一帯は、古来より良質な水に恵まれた肥沃な土地。万葉の時代より小麦が栽培され、そうめんの原型が作られたこの三輪の地は、そうめんの日本最高のブランドを欲しいままにしている。三輪の食堂ではそうめんが必ずメニューにある。もちろん、ここで食べるそうめんは冷やしそうめんもにゅうめんも三輪そうめんである。
いかにも大衆食堂−バブル期に絶滅したのでは?と思わせるような懐かしい食堂−の暖簾をくぐる。地元の人間が「焼き飯」や「うどん」などを食べている。もちろん我々の目標はそうめんである。値段は「焼き飯」や「うどん」と殆ど変わらない。大衆食堂で食べる普通の昼食の値段で、三輪そうめんが食べることができるのである。市販のそうめんを買って、自分で調理することを思えば安い。いや、奈良・平安の昔から、江戸時代そして現代にまで続く三輪のブランドの価値を知る者なら、その普通の値段に驚いてもいいだろう。ダシの味付けが平凡だとか、にゅうめんに乗ってるカマボコが市販のものだとか、難癖をつけようとすればつけられるのだが、食堂の焼き飯のお値段で高級ブランドそうめんを、その土地の調理方法で食べられると思えば、贅沢は一切言えない。日本最古の都会で日本最古のそうめんを普通の値段で食べる。道中の遺跡の謎に思いを馳せつつ頂くそうめんは、古代めきて、美味し。
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