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そうめんの歴史

5.庶民が愛したそうめん

世界史においても最高級の大衆文化を生み出した江戸時代。素麺は手軽に料理ができ来客をもてなすことのできる食材として、庶民の間で流行した。庶民のぜいたくを禁じた幕府の命令に、素麺やうどん、そばが挙げられていることからも、その流行の様子がよくわかる。

しかし、この麺食文化の隆盛の裏には「飢饉」がある。江戸時代に幾度か何千人もの餓死者を出した飢饉によって、幕府や各藩では米以外の保存食を作る必要に迫られた。そこで米の裏で栽培できる麦を使った日持ちのする食材、素麺の生産が全国的に拡がっていく。

江戸も後期になり商品経済が盛んになると、各地で「名産品」と呼ばれる素麺がしのぎを削るようになる。将軍家に献上された郷土の名品は全国的に販売され、ブランドが確立されていく。三輪、輪島をはじめ、福島県の三春索麺、神戸は灘の素麺、播州揖保の素麺、岡山の備中素麺、などなど。

こうした競争のなか、四国愛媛の松山城下で編み出された[五色そうめん]は、小麦粉の製造過程で自然の食品を入れて着色するという、画期的なアイデア商品。以来、各地の名産品が素麺に取り込まれ、地方色に富んだバラエティ豊かなそうめんが誕生していく。
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