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幻のそうめん

かつては全国の小麦の産地で見られたそうめんづくり。
そもそも農家の副業として発展してきた手延べそうめんは、
機械化による大量生産がもたらした需給バランスの変化に対応できるだけの、
経営資源も商売としてのウマミもなかったのであろうか。
今は亡きかつての産地からそうめんを知る上で欠かせない、幻の名品たち…復活の兆しもあって目が離せない!
小川素麺(埼玉県)

江戸時代に治水が完成した関東平野では、小麦ももちろん栽培され、そうめんも盛んに作られていた。しかし、東京の発展と軌を一にして、製麺は行われなくなっていき、武州素麺は埼玉県各地に散在する製麺所にかすかに名残をみせるだけとなってしまった。
秩父は比企郡小川町に、かつて名品と謳われたそうめんがあった。名水で有名な小川町には小川和紙のみが伝統工芸として伝わり、小川素麺の実態は今や古文書のなかに眠るのみの現状である。
当特集においても、引き続き調査せねばならない課題となっている。
久留里素麺(千葉県)

千葉県南部、君津市の内陸部にある上総久留里(くるり)は、雨城とあだ名される久留里城の城下町として平安時代以来の歴史を持つ。 久留里は「生きた水」とも呼ばれる名水の里でもある。わずか数人で100m以上の深さの井戸を掘れる「上総堀り」で汲み上げた水は、今も千葉の名水の一つとして名高い。
江戸時代、名水あるところそうめん有。幕府にも献上された名高い久留里素麺だが、既にブランドとしての名も廃れ、情報も限られている。
久留里では毎年8月、水祭りという祭りがあったが、久留里城下の商店街によって「久留里嫁入り祝い市」としてリニューアル、江戸情緒溢れた夏祭りが行われている。この「久留里嫁入り祝い市」で行われる名水を使った「流しそうめん」のイベントが、久留里とそうめんの関わりの現状のようだ。
輪島素麺(石川県)

長崎は五島列島から伝わってきたと言う、油を使わない手延べ製法をもつそうめん。輪島の素麺が文献に初出するのは室町初期だそうで、この頃は品質も荒く麺も太かったそうだが、戦国時代になると北陸の名産品として珍重されるようになり、その製麺も盛んになった。
 かの織田信長も御所への献上品には輪島の素麺を選んだとか。戦の和睦の献上品にも選ばれたようで、当時の輪島素麺の価値と信長の贈り物センスが偲ばれる。江戸時代を通じて加賀前田藩御用達、幕府献上の名品であったが、明治を迎えて藩の保護を失って廃れ、平成になる頃には輪島に製麺の姿はなく、富山の氷見うどんや大門素麺などにその製法の極意が伝わったまま、ついに伝説と化してしまった。北陸製麺文化の発達において重要な位置を占める、幻の歴史的そうめんである。
河内そうめん(大阪)

大阪と京都の境にある枚方市。市西部を流れる淀川を中心に発展し、今や京都、大阪、両都市への通勤圏としてベッドタウン化したこの地も、かつては東部を中心に農村地帯だった。
300年前山下政右衛門が大和三輪より持ち帰った製麺の技術によって始められた河内そうめん河内の糸は、上級品として近畿一円に販売され、遠く尾張名古屋の地まで商圏にあったと言われている。
明治時代には多くの名産地で名品そうめんが幻となったのだが、河内そうめんは順調に発展し、産業構造の変化にも耐え抜いた。しかし、大正末期からの不景気と戦時の物資統制によって原料の入手と人手の確保が難しくなると急速に衰退し、地場産業としては壊滅状態となった。
実は、現在でも農家の冬の副業として作られてはいるのだが、専業農家の減少と農業従事者の高齢化問題もあって、河内そうめんブランドの商品を市場で見かけることは殆どない。もっぱら農家で自家消費されてしまうそのそうめんは、当の枚方市民にさえ「幻のそうめん」と呼ばれている現状なのだ。
灘のそうめん(兵庫)

神戸は灘(なだ)といえば、その特産は言わずと知れた日本酒。良質な米に六甲山系の清水、六甲颪(ろっこうおろし)の風と瀬戸内の塩、そう、酒造りに恵まれたこの地はそうめんづくりにとっても恵みの土地であったのだ。隣境に大消費地・大坂(大阪)を抱えたこの地は生産技術に優れたが、明治以降の神戸の発展の中で農家の件数が減少すると消滅。その生産技術は播州揖保乃糸伊勢大矢知手延べ素麺へと引き継がれたと言われるが、ご当地神戸では、もはや明治の頃、産業博覧会で金賞を受賞したことが文献に残されているのみである。
五島そうめん(長崎)

長崎は五島列島で有名な麺と言えば、五島うどんである。何を隠そう、この五島うどんこそが手延べ製麺の元祖であるという説もあるのだ。その歴史は古く、大陸と海を境にするこの地こそが日本の麺の伝来地であると考える人も多い。奈良や京の都から放射線状に伝播していった麺食文化の経路とは別に、五島列島を発祥とする麺食文化の伝播経路が存在したことは、北陸各地に残る製麺技法が証明している。
中世そうめんを推測するには、現在も尚、麺マニア憧れのブランドである「五島うどん」を食べると良い。
華麗なる復活を遂げた[幻のそうめん]たち
●【復刻】三春索麺(福島県) 「索麺」はそうめんが素麺と表記される前の姿。
●【復刻】大和小泉平素麺(奈良県) 油を使わない、茶席のおもてなし品。
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