大阪たこ焼き特集 大阪たこ焼き特集TOP >> [コラム8] たこ焼き多様化の謎
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たこ焼き進化論 たこ焼き多様化の謎

そんな訳で新しい大阪の味としてヒットした「たこ焼き」ですが、誕生間もなく時代は風雲急を告げ、大阪のコナモノ屋台業界に大打撃が襲いかかります。それは、昭和12年の食糧統制法。食料品のうち、いくつかの品目が政府の許可なく売買できなくなってしまったのです。輸入食材の多い香辛料を使った「ソース」が統制品目になると、ソースを使ったコナモノ料理は、食糧統制法が廃止されるまで十数年もの、大きな断絶を迎えることになります。

しかし、ちょぼ焼き、ラヂオ焼き、会津屋のたこ焼きは、何とか生き残りました。ソースを使わなかったから、かも知れません。しかし、太平洋戦争も末期になると、大阪は数度の大空襲の前に壊滅状態となりました。そして終戦。焼け野原となった大阪に、次は食糧難が襲って来ました。

配給で手に入る貴重な食料のメリケン粉をどう大事に食べるか。見直されたのがあの「一銭洋食」と「たこ焼き」でした。たこ焼きにせよ一銭洋食にせよ、生地を作る時に水を多目に加えれば、少量のメリケン粉でも腹の足しになる程度は焼けるのです。これぞ正に「水増し」と言うべきでしょう。たこ焼きの「表面カリカリ中トロリ」と言われる独特の食感の秘密は、案外こんなところがルーツかも知れません。

少し食糧事情が落ち着いて来ると、食糧統制法が廃止されました。そこで料理人たちは、一銭洋食のソースに独特のトロみを加え、いろんな具材を挟む工夫を凝らしたのです!。挟む食材は多彩を極めました。イカでもブタでも牛でも麺でも、具材は客の「お好み」次第。「お好み焼き」誕生の瞬間です。

原爆で壊滅的打撃を受けた広島でも、大阪と同じようなプロセスで広島風お好み焼きが誕生しています。大空襲にあった東京ではもんじゃ焼き人気が復活します。

さて、元祖たこ焼きは生地に味つけし、表面に何も塗らずに手で直に触って食べるものです。一方の一銭洋食やお好み焼きは、具材を多く入れて表面にソースを塗って食べるものです。戦後復興の輝かしいシンボルとなった関西のウスターソースを、誰かがたこ入りの一銭洋食に塗ってみたら、これが結構おいしかった。表面にソースを塗ったたこ焼きの誕生の瞬間です。

(取材協力:「株式会社会津屋」)

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